西川悟平さんのプロフィールと経歴!コンサート2023もチェック!

「7本指のピアニスト」として知られる西川悟平さん

西川悟平さんは2021年の東京パラリンピック閉会式でピアノ演奏を披露し、フィナーレを飾りました。

その後、西川悟平さんはこう語られました。

「 “7本指で弾いている”というアナウンスが一度も無かった。ただただ自分が弾いた音だけが、世界中に響いている。それがすごくうれしかった」

引用元 https://www.nhk.or.jp/shutoken/wr/20210921b.html

「局所性ジストニア」で一度は絶望の淵に立ち、それでも夢を叶え、ピアニストとして多くの人に感動を与えている西川悟平さんが、2022年2月に私の町に来られます。

すごいです!

きっと、そこに来られた全ての人が明日からの希望をつかむはず!

今回は、西川悟平さんのプロフィールと経歴、コンサート2023の情報、父親や出身高校・大学について、舞台そして名言についてお伝えします。

西川悟平さんのプロフィールと経歴!

それでは、西川悟平さんのプロフィールと経歴についてご紹介します。

プロフィール

プロフィールについては、西川悟平さんのオフィシャルサイトより引用させていただきます。

1999年

巨匠・故ディヴィッド・ブラッドショー氏とコズモ・ブオーノ氏に認められ、ニューヨークへ招待される。

1999年 6月
リンカーンセンター・アリスタリーホールにてニューヨークデビュー。翌年より定期的にカーネギーホールにて演奏。
2001年
両手の演奏機能を完全に失い、ジストニアと診断される。5名の医者に不治の病と言われるが、リハビリにより少しずつ右手の機能と左手の指2本を快復させ、現在に至る。
2005年
ジュリアード音楽院元ピアノ 科主任教授オクサナ・ヤブロンスカヤ女史を JHC Foundation 主催のもと日本へ招き、演奏会をプロデュ-スする。
2008年
毎年イタリアで行われる「アレクサンダー&ブオーノ国際音楽フェスティバル」に招かれ、ヨーロッパデビュー。
2009年
ピアノ界の殿堂ニューヨークスタンウェイホールにてリサイタルを開催。同年、バンクーバーで行われた「国際障害者ピアノフェスティバル」で4位(クリスタル賞)を獲得。東京で行われた受賞者コンサートで、羽田元総理大臣より表彰状を授与する。
2012年
ニューヨーク市長公邸に招かれ演説と演奏をする。
2015年
6月自書「七本指のピアニスト」朝日新聞出版から出版。ニューヨーク紀伊国屋書店 和書部門1位。Amazon演奏家・指揮者・楽器部門1位。NY及び、六本木にて出版記念公演。10月フィラデルフィアで開催された国連創設70周年コンサートにてソロ演奏ヨーヨーマの姉、ヨウチョン・マと共演。11月NYチェルシー大聖堂でBe JAPON出演。12月ヨウチョン・マと再共演。
2016年
3月東京浜離宮ホールにて凱旋コンサートを行い大成功を収める。6月NHKEテレ「ハートネットTV」にて特集。好評につき再放送が3回される。11月日本武道館「AIのみんなが主役Night」にソロ出演&AIと「Story」を共演。 12月NYカーネギーホール大ホール公演「Harmony of Peace」にてソロ出演。定員2800席を超え、ステージに客席を作り、3200名以上動員し大好評を博す。
2017年
2月アメリカ・イギリスにて放映の番組(セントルイス局・チャンネル5)にて鬱病により自らの命を絶ってしまい、日本が大好きだった少年、リアム・ピッカー君(ミズーリ州)の生前の夢を、1500キロ以上離れているNY在住の西川悟平が叶えるという内容にて特集。米国メディアで話題となり、グラミー賞ノミネート。4月1日JAL羽田空港ーニューヨークJFK空港、直行便開通記念式典に出演、JFK空港にてソロ演奏。同月、パナソニックのCM出演。10月にはロンドンデビュー、ヨーロッパツアーを控え、世界で活躍。
2019年

第48回ベストドレッサー賞特別賞受賞

2021年

2020東京パラリンピックの閉会式でピアノ演奏を披露し、締めくくりを飾る。

引用元 https://goheinishikawa.com/profile-jp/

経歴

西川悟平さんの経歴は以下のようになっています。

西川悟平さんは1974年に大阪府堺市に生まれました。

西川悟平さんさんがピアノを始めたのは中学3年も終わろうとしている15歳の頃でした。

西川悟平さんがピアノを始めた動機がなかなかおもしろいです。

当時所属していたブラスバンド部の先生が可愛くて、その先生にピアノを習い始めました。

そして、最初のレッスンの時に先生が弾いてくれたショパンのノクターンに衝撃を受けて、音大のピアノ科に行く決心をします。

でも、その先生は「絶対無理!」と相手にしてくれなかったとか。

それでも西川悟平さんはピアノの練習と楽典の勉強に必死に取り組み、短期の音楽大学に入学することができました。

しかし、大学卒業の頃にバブルが崩壊し、西川悟平さんは和菓子屋さんに就職しました。

それから数年後、故デイビッド・ブラッドショーとコスモ・ブオーノの来日コンサートで前座を務めるというチャンスが訪れます。

その時の演奏は緊張でうまくいかなかったのですが、その情熱溢れる演奏がデイビッド・ブラッドショーの目に止まり、1999年にニューヨークへ行くことになりました。

すごいですね!

しかし、ニューヨークで脚光を浴び始めた時に、ジストニアという病気になり、指が硬直して今までのようにピアノが弾けなくなってしまいます。

医師からは二度とピアノは弾けないと言われ絶望の淵にいた時に、幼稚園でピアノ教室をするという道が与えられました。

動ける指だけで「キラキラ星」を弾くと、子供達はとても喜んだそうです。

西川悟平さんはその後15年程、子供達にピアノを教えながら、動く指だけでの演奏方法を研究し、クラシックも弾けるようになりました。

そして2015年に「7本指のピアニスト」という本を出版し、西川悟平さんのことは広く知られるようになります。

翌2016年には東京での凱旋コンサートが大成功!

そして2021年、東京パラリンピックの閉会式でピアノを演奏し、フィナーレを飾りました。

西川悟平さんが演奏されたのは「What a Wonderful World(この素晴らしき世界)」です。

それから何と、昨年2022年7月には西川悟平さんの半生を描いた舞台「7本指のピアニスト~泥棒とのエピソード~」が上演されました。

このことについては、後で述べますね。

西川悟平コンサート2023の情報

西川悟平さんは現在、全国トーク&ピアノコンサートを展開しておられます。

また、高校を中心に学校や教育委員会主催のコンサートもされていて、鑑賞した子供達は、そのピアノとお話に

大きな感動と励ましを受けたようです。

西川悟平さんのコンサート2023の情報は、こちらのオフィシャルサイトから見ることができます。

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西川悟平さんの父親について

西川悟平さんの父親についてもお伝えしたいと思います。

西川悟平さんの父親は西川幹彦さんと言われ、1945年生まれですが残念ながら既に亡くなっておられます。

父親の幹彦さんは浪曲師で、1996年に5代目吉田奈良丸を襲名されました。

でも幼い頃からそういう環境にあったわけではなくて、若い時に初めて聞いた浪曲に感動して、4代目吉田奈良丸(当時は吉田三笠)に入門し、お仕事の傍ら修行に励まれたのだそうです。

ジャンルは違っても、一つのことを徹底的に追求する姿勢は親子で似ていますね。

困難があっても諦めずに努力を続ける西川悟平さんのスピリットは父親から受け継いだものなのでしょうね。

西川悟平さんの出身高校と大学は?

西川悟平さんの出身高校と大学についてもご紹介したいと思います。

西川悟平さんの出身高校は此花学院高校(現在の大阪偕星学園高校)です。

此花学院高校(大阪偕星学園高校)は大阪市内にある市立高校です。

西川悟平さんは音楽科ではなく普通科に進まれたようですね。

西川悟平さんは2016年に母校の大阪偕星学園高校でコンサートを行われました。

西川悟平さんの出身大学は大阪音楽大学短期大学部です。

大阪音楽大学短期大学部のピアノ科を卒業されています。

大阪音楽大学は日本の音楽教育者として様々な業績を残した永井幸次が創立した学校です。

西川悟平の舞台「7本指のピアニスト~泥棒とのエピソード~」について

2022年7月に、西川悟平さんの実話をもとにした舞台「7本指のピアニスト~泥棒とのエピソード~」がサンシャイン劇場で上演されました。

主人公西川悟平さん役はEXILEの松本利夫さん、泥棒役は土屋神葉さんと演劇集団キャラメルボックスの筒井俊作さん。

他にも木下政治さん、畑中智行さん、原田樹里さん、石黒賢さん等、豪華俳優が出演されました。

ほんとにすごいです!

「泥棒とのエピソード」というのは、実際に西川さんが体験されたとても有名なお話です。

ニューヨーク時代、西川さんのアパートに2人組の泥棒が押し入りました。

その時、信じられないことに、西川さんはその泥棒たちに話しかけるんです。

そして泥棒達は西川さんに心を開き、自分の今までの境遇を話し始めました。

泥棒の一人がその日誕生日だと知ると、ピアノで「ハッピーバースデイ」を弾いてあげた西川さん。

その泥棒はどんなに感激したことでしょうね。(涙)

その後、2人は改心し、西川さんの凱旋コンサートに招待されました。

西川悟平さんが、どこまで人間愛に溢れた方なのかがよく分かるエピソードですね。

西川悟平さんの名言も紹介!

西川悟平さんのインタビュー記事を読むと、本当にその一つひとつの言葉に励まされ、涙が出てきます。

そんな西川悟平さんの名言を紹介しますね。

それまではどうすれば再び10本指で弾けるようになるかと考えていたものの、その時以来、「5本指しか動かない」のではなく、「5本も指が動く」と意識が変わりました。そして心から自分の指に「ありがとう」と感謝した瞬間、この病気が僕の味方になって、翼として羽ばたき始めてくれました。

引用元 https://www.chichi.co.jp/web/20200716_nishikawa_gohei/

これは、ニューヨークの幼稚園で、当時動かせた5本の指で「きらきら星」を弾いた時のことです。

西川さんの指は曲がっていて指づかいも変でしたが、子供たちはそんなことは気にせずに、とても喜び踊り出したのだそうです。

下はあるインタビューで語られた言葉です。

僕にとってピアノを遅くから始めたというコンプレックスは、人の何倍も練習するというエネルギーになった。指が7本しか使えなくなった代わりに、一音一音に対する愛を深めることができた。そして、10本指では絶対あり得なかったことが、皮肉なことに7本指になって叶った。

引用元 http://www.newstokyo.jp/index.php?id=1296n

この病気を恨むのではなく、7本も動くんだと感謝した瞬間に、この敵だったはずの病気がまるで僕の守り神みたいになって、僕をいろんな国に導いてくれたり、いろんな演奏の表現に導いてくれる翼になりました。その根源にあったのは感謝でした。

引用元 http://www.newstokyo.jp/index.php?id=1296n

来月、実際に西川悟平さんのピアノの音を聴き、お話に耳を傾けるのが楽しみで仕方ありません。

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35年間の中学音楽教師の経験を生かして、現在は吉岡裕美ミュージックスクールにて歌とピアノのレッスンをしています。
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また、30年間、大津少年少女合唱団の指導をしています。

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