中田喜直ってどんな人?家族や兄弟も気になります!

今年2023年は、あの中田喜直さんの生誕100年に当たります。

中田喜直さんにお会いしたことはありませんが、中田喜直さん作曲の歌の数々にどれだけ励まされてきただろうかと思います。

「めだかのがっこう」や「おかあさん」、「夏の思い出」などなど。

中田喜直さんは、子供から大人まで親しみやすい歌をたくさん作られた戦後日本を代表する作曲家です。

今回は、中田喜直さんってどんな人だったのか、その経歴とプロフィール、ご家族、兄弟そして代表作についてお伝えします。

中田喜直の経歴とプロフィール

では、中田喜直さんの経歴とプロフィールを紹介します。

経歴

中田喜直さんは1923年8月1日、東京府豊多摩郡(現在の東京都渋谷区)に誕生されました。

中田喜直さんの父親は、あの有名な「早春賦」を作曲された中田章(なかだ あきら)さんです。

父親が音楽家という環境のもと、中田喜直さんも小さい頃から音楽の才能を発揮し、10歳で最初の歌曲を作りました。

1935年に、日本でフランス語版の映画「別れの曲」が上映され、その影響で中田さんはピアニストになりたいと思いました。

中学校を卒業した中田喜直さんは東京音楽学校(現在の東京芸術大学)予科に入学、翌年は本科器楽部ピアノ専攻に進学しました。

しかし、戦時中だったので、宇都宮陸軍飛行学校に送られ戦闘機操縦者になり、その後は陸軍少尉としてフィリピンやインドネシアに行かなければいけませんでした。

終戦の時は特攻隊として日本本土におられたそうです。

もし、戦争がもう少し長引けば、中田先生の名曲の数々は誕生しなかったかも知れませんね・・・。

戦後は作曲家として活躍され、NHK「ラジオ歌謡」などのラジオ番組の中で、「夏の思い出」や「かわいいかくれんぼ」「雪の降るまちを」など、今も愛される曲が生み出されました。

1953年からはフェリス女学院短期大学の音楽科講師に就任され、その後40年間在職されました。

1955年、中田喜直さんは「ろばの会」という作曲者のグループを立ち上げます。

これは、子供達のためにいい歌を作ることを目的にしたものでした。

大中恵さんも「ろばの会」のお一人です。

そしてこの会から、中田喜直さん作曲の「小さい秋みつけた」や大中恵さん作曲の「犬のおまわりさん」など、誰もが子供の頃に歌ったり聞いたりしたことのあるすばらしい歌がたくさん生まれたのです。

感動しますね!

純粋に子供達のことを思い、いい歌を作る努力をした作曲家がおられて、今の日本にたくさんの子どもの歌があることに。

私達にたくさんの宝物を残してくださった中田喜直さんは、2000年5月3日にご逝去されました。

享年76歳でした。

プロフィール

こちらのプロフィールは、中田喜直さんについて紹介している「音楽出版ハピーエコー」のホームページから引用させていただきました。

中田喜直(なかだ よしなお)略歴 (1923~2000)

1923年(大正12年) 8月 1日 東京に生まれる。父が音楽家であったため、幼少よりピアノ・作曲に興味を持つ。
1943年(昭和18年) 9月25日  東京音楽学校(現・東京藝術大学)ピアノ科卒業。
10月 1日  宇都宮陸軍飛行学校入学(特操一期)。1947年(昭和22年)頃より  本格的に作曲活動に入る。一般には「雪のふるまちを」「夏の思い出」「ちいさい秋みつけた」「めだかのがっこう」
などがよく知られているが、主要な作品は、歌曲(「六つの子供の歌」「マチネ・ポエティクによる四つの歌曲」他)、
合唱曲(「美しい訣れの朝」「都会」他)、ピアノ曲(「ピアノ・ソナタ」「組曲 光と影」他)で、その大部分の作品
が出版、レコード化され、諸外国で演奏されることも多い。
1949年(昭和24年)     NHK毎日音楽コンクール入賞以来、毎日音楽賞、芸術祭賞、久留島武彦文化賞、神奈川文化賞、横浜文化賞、
モービル児童文化賞、レコード大賞童謡賞など、数多くの賞を受けている。
1986年(昭和61年)     11月紫綬褒章受章。
1995年(平成7年)     NHK放送文化賞受賞。
1999年(平成11年)     日本音楽著作権協会60周年特別賞受賞。
2000年(平成12年)     日本レコード大賞日本作曲家協会功労賞受賞。1979年 ~ 2000年      (社)日本童謡協会会長。
1990年 ~ 2000年      フェリス女学院大学教授 及び 名誉教授。2000年(平成12年) 5月 3日 歿

引用元 http://www.happy-echo.com/prof/index.html

中田喜直の家族について

次に中田喜直さんのご家族について見てみたいと思います。

中田喜直さんの父親は、前述したように音楽家の中田章さんです。

母親は中田こうさんで、日本画家の奥村土牛(おくむら とぎゅう)の従姉にあたります。

中田喜直さんは芸術一家に生まれられたんですね。

そして、中田喜直さんは4兄弟の3男でした。

しかし、父親の章さんは45歳でお亡くなりになられました。

また、中田喜直さんの奥様は中田幸子さんです。

妻の幸子さんはフェリス女学院短期大学時代の中田喜直さんの教え子さんだったそうです。

中田幸子さんは声楽家で合唱指導者です。

また声楽や合唱の審査員として国内外で活躍してこられました。

現在はナカダ音楽事務所と音楽出版ハピーエコーの代表者であり、複数の合唱団の指揮もされています。

中田喜直の兄弟は?

中田喜直さんの兄弟についてもお伝えします。

中田喜直さんは4兄弟の3男として生まれました。

しかし、一番上の兄、肇さんは赤ちゃんの頃に亡くなられました。

それで2番目の兄、一次さんが弟たちの面倒を見ておられたのではと思います。

父親の章さんは中田喜直さんが幼い頃からご病気だったので、中田喜直さんに音楽を教えたのは二男の一次さんでした。

一次さんは作曲家でありファゴット奏者でした。

また、喜直さんの弟さんは民夫さんと言われ、校長先生をされていました。

中田喜直の代表曲について

中田喜直さんの代表曲と言っても、有名な曲がたくさんあるので、どれが代表曲なのか分からないくらいですね。

子どもの歌だったら、「めだかの学校」「かわいいかくれんぼ」「おかあさん」「わらいかわせみに話すなよ」などがありますね。

子どもの頃、NHKの「お母さんと一緒」で歌のお姉さんが歌っていたし、今も歌われています。

優しくて可愛くて大好きな歌ばかりです。

小学校上級生や中学生の頃に覚えた歌には「夏の思い出」「ちいさい秋みつけた」「雪の降るまちを」「忘れなぐさ」などがあります。

「ちいさい秋みつけた」の前奏は芸術的で、子どもながらに「かっこいいな。」と思っていました。

「忘れなぐさ」は私の大好きな曲で、大人の恋というものを想像したりしたものです。(笑)

ああ、懐かしい。

合唱曲も「美しい訪れの朝」などがありますね。

また中田喜直さんは歌曲だけでなく、ピアノ曲もたくさん残しておられます。

中田喜直さんの代表曲については、また今度お伝えしたいと思います。

 

 

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35年間の中学音楽教師の経験を生かして、現在は吉岡裕美ミュージックスクールにて歌とピアノのレッスンをしています。
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また、30年間、大津少年少女合唱団の指導をしています。

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